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服部律子、小田和美、両羽美穂子
平成16年度には、文部科学省海外先進教育研究実践支援プロジェクトが採用され、県の派遣事業とともに、英国での研修を行うことになった。文部科学省海外先進教育研究実践支援プロジェクトのテーマは「日常の看護実践から学ぶ生涯教育の方法開発」であった。本学の開学以来取り組んできている、看護学の高等教育機関としての大学活動の基盤つくり推進計画が、先進事例として本学が注目している、英国のWBL(Work Based Learning)の実際を研修する派遣事業を通じて、さらに独創的で有効な発展を期待できるからであった。今年度は、派遣計画の初年度であり、今年度は短期間の派遣となるので、WBLの概要を学び、英国ではどのように実践されているのか、本県への導入の可能性も含めて研修した。
派遣期間は平成17年3月1日~27日であった。
英国の医療制度は、NHS(National Health Service)により運営されている。NHSは国民の税収を財源とする制度で、利用者負担は原則無料であり、ヘルスケアが必要なときに誰でも利用できることやプライマリケアを重視する包括的な医療制度を特徴としている。しかし英国の経済が低迷する中、医療費も対GDP比で低く抑えられており、医療の荒廃が進んでしまった。
今NHSは新たな改革の只中にある。ブレア政権でのNHS改革のひとつに「医療の質向上」の重要性が強調されている。医療の質の向上において不可欠なのが、医療従事者の質的向上であり、賃金や労働時間などの労働条件の改善とともに、研修、上位の資格取得などの試みによる、レベルアップである。
英国での医療従事者の生涯学習は、医療政策上の課題ある。NHSという国家単位での組織的な取り組みとして、NHS職員の生涯学習は位置づけられているが、今回特に看護職の生涯学習という視点で、英国の現状を視察する機会を得た。Lifelong learning は英国の医療職者養成の骨格となる考え方であり、本学が目指す看護職の生涯学習の拠点という理念と通じるものがある。今回はまず、英国における看護職の生涯学習の実際を学ぶことにより、岐阜県での看護職の生涯学習に関して活用できる示唆を得るために、NHSの生涯学習担当者を訪れ現状を視察した。

NHSでの生涯学習支援をおこなっているDeaneryの一室にて
案内してくださったみなさんと
NHSは1948年に成立した。英国が理想とする福祉国家の構築にむけて、社会保障制度の基盤をなす利用時無料の医療制度である。過去の労働党政権により効率より公正を重視する政策がとられ、英国経済全体が低迷してしまい、医療も荒廃が進んだ。
ブレア首相の労働党が政権に返り咲いて、新たなNHS改革が始まったのが1997年からである。ブレアのNHS改革の3つの特徴は、① 目標の設定でありこれは国として提供する医療サービスのスタンダードを示すものである。特にEBM(evidence-based medicine)が重視され、効果のある治療に費用を費やすことで医療の質向上を図る。② クリニカルガバナンス(Clinical governance)といわれる政策の方針であり、これは臨床現場に近いところに権限委譲するとともに、医療の質向上について臨床現場に統治責任をおく系統的アプローチである。プライマリケアについては、PCT(primary care trust)をつくり、医師・看護師・福祉専門家などNHS職員全体で、その地域における医療福祉計画を立て、予算を管理運営し、医療の質の保証、向上を実行していく。③ 結果と成果の評価である。国の医療サービスのスタンダードはNSF(National Service Framework)で提示された達成すべき目標値についてその結果はどうか、評価と説明責任が求められているのである。また各病院やPCTごとに業績(Performance Assessment Framework)を発表し、成果主義・評価の重視を求めている。
さらにブレア首相は2000年に「The NHS Plan」を発表し、医療費を増額し、医療の質を保証し公正を図ることを重視した。医療費は1997年では対GDP比で6.7%の水準であったものを2005年には10%にまで増やす計画である。多額の投資をして様々な医療改革が進められているのであるが、21世紀に入り、特に患者中心の医療が求められるようになり、英国の伝統的な第一次医療(プライマリーケア)の充実が強調されている。具体的な数値目標として、医師1万人、看護師2万人を増やすことをはじめ、ベッドや医療機器を増設すること、待機者リストを減らすことなど2005年までの数値目標を示した。
今年度(平成16年度)の視察では、NHSはまさに改革の真っ只中にあり、現場では成果主義に基づいて厳しい評価を求められていた。今回の視察は、特にプライマリケアの現場を主として、GPや看護職の生涯学習の現状を学んだ。
1)プライマリケアトラスト
前述のNHS Plan において、英国の医療の中心にプライマリケアをおく体制が改めて強調された。英国が伝統としている予防的、包括的、全人的な医療を行なうためには、地域の診療所を基盤とした医療サービスを行なう、プライマリケアトラスト(PCT primary care trust)が、各地域のニーズに応じて独自の裁量で運営を行なえるようになった。その他の新しい取り組みとして、電話やインターネットを用いた「NHS Direct」という医療情報提供サービスや、救急での待ち時間を減らすために「Walk-in Center」と呼ばれる夜間休日診療所の整備などがあげられる。
PCTは約20の診療所をもつ人口5~25万の地域を単位としている。2000年から改組された、プライマリケアグループの発展した形態であり、まだ各地域によってサービスの提供内容も差があるが、各トラストは目標に対する成果により業績が発表され、ランク付けがされているのである。PCTでは医療とリハビリ、訪問看護、ソーシャルサービスの統合がなされ、より地域住民に密接したケアの提供が可能になっている。
英国のプライマリケアは、「病院以外で人々が受ける医療」を意味している。医療を受けたい利用者は、救急の場合を除き、まず地域の診療所に出向きそこでGP(General Practitioner)から必要な医療を受ける。専門医への紹介が必要な場合には、他の病院や専門施設を紹介するのである。GPは英国のプライマリケアを担う「家庭医」であり、PCTと契約を結び、診療所では複数のGPがグループ診療をしていることが多い。NHS医療を受けるためには、住民は必ず地域のGPに登録しなければならないので、専門的な治療を受けたい場合でも、GPの紹介がなければ長期間待機などかなり手間取ることになる。

図1 NHSのしくみ
2)プライマリケアと看護職の役割
新しいNHSでは、プライマリケアの場での看護職の役割も強化されている。日本では病院がプライマリ医療を担うことが多いので、訪問看護や保健指導など病院の看護職も同様に地域に向けたプライマリケアを実施している。しかし英国では、入院していない人がプライマリケアの対象であるので、地域での看護も訪問を主とするDistrict Nurse、6歳未満の子どもと家族を対象とするHealth Visitor、周産期のケアを専門とする助産師、学校での児童の健康管理を行なうSchool Nurse、その他糖尿病専門看護師、子どもの発達障害の専門看護師、精神保健の専門看護師など、多くの専門分化した看護職がそれぞれの役割を地域で果たしている。PCTでは看護職は予防からリハビリ、介護まで地域の保健福祉全体に関わるので、今後のNHSの発展に大きな期待を寄せられている。助産師や看護師のリーダーシップを強調し、疾病の予防、健康増進のための他職種や他施設との連携を図り、救急時にも対応できる看護職の養成を目指している。またプライマリ医療における看護職の職権の拡大も実施されている。従来医師が行なっていた、診療行為の一部や特定の疾患に対する処方権を専門の資格をもった看護職に委譲するのである。これにより看護職が、地域で患者および家族中心の一貫したケアができる可能性は広がると考えられる。
1)生涯学習の重要性
新しいNHSでは職員の質向上のための現職教育に多くの予算が割かれていることを述べた。看護職の大幅増員を目標とするこれからのNHSについても、その戦略として3つのr「recruit看護職の養成と海外からの輸入」、「retain専門職としてのキャリア開発、現職教育」、「return潜在看護職の復帰、家庭と仕事の両立への支援」を掲げているが、その中でももっとも重視されているのが、retain(キャリア開発)である。このキャリア開発のために英国ではLifelong learningの考え方が重視されている。学校教育での基礎教育はあくまでも卒業後に自ら学べる能力をつけるものであるという。視察先のHillington PCTのLife long learningの考え方を表1に示した。職場で学ぶことに意義と、長期短期、公式非公式に関わらず、学び続けることを推奨している。また個人の学習はPCTが予算的にサポートし、個々人に学習の計画をたて、たとえば働きながら大学院で学ぶコースにPCTが派遣している。
表1 Lifelong Learning
2)WBL-日常業務から学ぶということ
WBLは日常の業務から学ぶことを意味するが、これは従来、臨床現場で行なわれていた、自己学習、グループカンファレンスや勉強会も含むが、より組織的な試みであり、職域を超えた職員が学びあうことにより、より利用者中心に発展するというところに特徴がある。意図的なWBLとは、① 職場の課題を意図的に学習に結びつけ、理論的な裏付けを与える、 ② 大学などの教育機関と連携して、職場の学びを教育課程のひとつとして位置づける、 ③ 学習者に協力的に関わるだけでなく、支持的(supportive)に関わる、ことがあげられている。さらにこれらの学習の積み重ねが、専門看護師の資格につながるように配慮されている。

図2 WBLの概念図
3)新しいNHSでのWBLの効用
NHSではWBLの効用を以下のように挙げている。
まず、私たちは、初日にWBLに関するジャーナルを刊行しているDeaneryを訪れた。Deaneryは、NHSの1つの機関で医療スタッフの教育に関する体制を整えることや研修の機会を設けるなど、人材育成をとおして医療サービスの質の向上に貢献していく使命をもっている。また、NHSでは、医療の質の向上のためにまずは、プライマリケアの中核を担うGPへの教育を第1の目的においている。プライマリケア領域で活躍している看護職に対しては、GPから拡大していくことを狙っている。そのため、今回の研修の期間では、主にGPを対象にしているさまざまな形態でのWBLについて視察した。それらについて紹介する。
1)GP Education Meeting
GP Education MeetingはGPのための研修であり、12週間を1セッションとして、週に1回午後から開催されている。場所は、町の中心的な病院の建物の一角にあるEducation Centerである。参加者はその日の午前中の診療を終えて集合し、来た人から自由に立食形式で昼食をとりながら、会う人と挨拶を交わしたり会話をはずませている姿が印象的であった。
このセッションでは、医療倫理など21のトピックスについて研修を行うスケジュールが組まれており、この日のテーマはメンタルヘルスについてであった。Education Centerには昼食会場となるオープンスペースを中心に4つの会場があり、その各部屋で15名程度のGPに対して講義形式で行われていた。このセンターは数年前に病院内に増設され、さまざまな研修会場として有効に活用されている。
2) Tutor Meeting
Tutorは、各地域のDeaneryによって募集され、Deanery主催の定期的な会合に参加し各地域に必要な教育活動に従事している。当初は無給でボランティア的なものであったが、現在はそのポストと活動に対する報酬が保証されている。また、最近ではGPだけからなるTutorというより看護師やその他の医療スタッフなどからなるPrimary Care Tutorという考え方になっている。
今回の研修期間となった3月には偶然、年に数回のTutor Development Workshopが催されるということで、そのワークショップに参加することができた。これは、一日を通したセミナーで、その日のテーマは、"Supporting GP Appraisal and GP Appraisers"であった。参加者は、ロンドン全域のTutorであり、この日は司会者2名を含めた19名のGPとオーガナイザーとしてDeaneryの職員が参加していた。
テーマにある評価についてであるが、英国のGPに関しては、NHS発足以来この50年で継続的な自己評価の必要性が急速に認識されるようになり、いろいろな形で行われるようになってきている。その中の1つにGPをpeerで評価するシステムがあり、その運用を目指しているということであった。しかしながら、現状の問題点として、GPは評価されることに慣れておらず、抵抗することが多い。また、その意義や恩恵を理解していない者もいることがあげられていた。その背景として、GPの免許更新の用件になっていないことも一因のようである。一方、Nsは、Nsマネジャーより常に評価されているので、評価に関しての抵抗感は少ないとのことであった。
今回のワークショップでは、会の始まりに全体でそれぞれの最近の活動や課題について発表していた。これは、Tutorとしての活動に共通した方法はなく、それぞれの地域に必要な教育活動を各Tutorが工夫しているためであり、ここでは、それぞれの活動の良さや課題を共有しながら意見を交換するなどpeer support, peer review が行われていた。また、このワークショップでは、時には3~4人の小グループで話し合ったり、全体で3つのグループに分かれたり、全員で話し合ったりと様々な形態を用いて一日中熱いディスカッションを行っていた。どのディスカッションでもその内容を丁寧に記録に残しており、その記録は形を整えて、参加できなかったTutorに情報として提供するしくみになっているとのことであった。
3) Protected Learning Time
これは、2004年に開始された政府から特別予算を得て行っている新しいプロジェクトであり、GPの新しい契約に関するものの1つである。NHSはその目的を6つあげている。スタッフの継続訓練とその発達を通してケアの質を高めていくことの意思統一をはかる、実践の振り返りを根付かせる、リスクマネジメントを確立する、専門職である個人やチームの発達を促進する、日々の実践に新しい根拠を導入する、個人の過ちから仲間で学ぶ、である。
Protected Learning Timeとは、保証された学習時間のことを意味し、月に1回午後の時間を学習の時間としてあてている。これまでは日常の診療で非常に忙しく、学習の時間を確保できなかったことから、学習の時間が制度として保証されたことには大きな意味があるといえる。主催はPCTであり、GPだけではなく、医療に関わる全てのスタッフが対象となっている。しかし、参加に関しては自由意思であり、全てのスタッフが参加しているわけではない。
今回はその学習時間に参加することができた。開催場所は前述のEducation Centerを用い、午後からの開催時間に間に合うようにLunchが準備されていた。そのLunchの時間に徐々に参加者が増え、この日も通常どおり総勢45名ほどの参加があった。この日のトピックスは"Enhanced Services"であった。
4) Self Directed Learning Meeting
Self Directed Learning Meetingは、地区ごとのGPが対象であり、その地区の中の1つの診療所で行われている。開催時間は一日の診療の合間のランチタイムである休憩時間を利用しており、月に1回の開催である。参加したミーティングでは、"Dementia"と"Community Mental Health Work Family"がテーマにあがり、プレゼンテーションの後、数人ずつの3グループに別れ、症例を使ってグループワークを45分程度行った。その発表を全体で行い、14時20分頃解散となった。
英国では医療サービスの質の向上も各地域のニーズに応じた形で発展していけるように考えている。今回視察した診療所がある地区は、主な死亡原因の1つに精神疾患があがっているほどに、精神的な問題が全地域的に問題となっている地域に位置し、中でもこの地区はマイノリティと低所得者層が多くその問題が深刻な地区であることが伺えた。そういった問題にGPは日々直面しており、また、患者を病院に送るまでの間、すべての症例に対処していかなければならいない。このような状況の中、自分たちが抱えている問題や課題に自分たちで取り組んでいくという意味で、Self Directed Learning Meetingが位置づけられている。
Buckinghamshire Chilterns University Collegeの看護学部は、WBLによって学ぶ「Professional Nursing Studies」のコースがあり、BScまたはDiplomaをとることができる。このコースは、病院で仕事をしながら、大学の単位が取れるもので、大学の教員が週1回程度、病院に直接出向き指導を行い、学生が大学に行くことはほとんどない。現場での仕事そのものが、教育の素材となっている。そのため、応募要件として、現在、決められた4つのHospital NHS Trustでナースの仕事が可能であることが大前提で、その他にRNであり、BScの学位とdiplomaのためにはそれぞれ決められたレベルの単位の修得が要求される。期間は、1年から最大5年のpart-timeで、個々の学生が自分の状況に合わせて期間を決めることができる。現場での実践能力の向上に焦点がおかれ、学生は教育・管理・研究などそれぞれの現場に応じたモジュールを組んで学習がすすめられる。
1)Royal College of Nursing
英国看護職の生涯教育のための環境を提供しているのがRoyal College of Nursingである。ここでは、看護職のための図書が充実しており、必要な会費を支払い会員になれば自由に活用することができる。また、ITを使った情報サービスにも力を入れており、遠隔地であっても必要な文献や情報を入手できるように工夫されている。その1つのサービスとして、web上で個人のポートフォリオが作成できるようになっており、自分のキャリアを自分で管理できるようなしくみになっている。これらの情報サービスは会員以外にも一部開放されており、日本人の旅行者であっても日本看護協会の会員証があれば図書館などを利用できるとのことである。
2)Buckinghamshire Chilterns University College
上述のように、Buckinghamshire Chilterns University Collegeは卒後継続学習のための多くのコースをもっている。
Buckinghamshire Chilterns University Collegeに在籍しているNurseの学習のためのLearning Resource Centerがあり、多くの看護の蔵書をもっている。ここでは、学習のためのコンピュータルームや自己学習のガイドとなるような多くのリーフレットが準備されている。その他、Research Centreがあり、主に教員の研究活動に活用されているが、外部からでも依頼があれば共同で研究を行うことや、研究の指導をすることもある。
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