HOME > 看護生涯学習支援 > 看護の国際的な情報 > 南オーストラリア州の看護事情を視察して
大川 眞智子 森 仁実 長谷川 桂子
オーストラリアは南半球に位置し、日本の約20倍の面積を有する大陸である。クイーンズ州、ニューサウスウェールズ州、タスマニア州、ビクトリア州、南オーストラリア州、西オーストラリア州と北部準州及び首都特別地域の8つの区域に分かれている。今回私たちは、国際交流事業の一環として南オーストラリア州の看護事情について視察する機会を得て、アデレード市にあるフリンダース大学およびケア提供機関のRDNS(The Royal District Nursing Service)を訪問した。現状をここに報告する。

1)看護基礎教育と免許制度
オーストラリアの看護師の育成は、各病院の責任のもと、働きながら学ぶ徒弟制度によっていた。しかし、医療の発達に伴う深刻な看護師不足や、高度で専門性のある看護が求められるようになり、1984年にオーストラリア政府は看護師養成を高等教育に移行させる決定を行い、南オーストラリア州では1993年から看護師の教育はすべて大学で行われるようになった。 オーストラリアの学士課程の履修年数は、特別な資格を除き3年である。看護学教育も同様に、学士課程3年、修士課程1~2年、博士課程2~5年である。看護師免許は国家資格ではなく、オーストラリア看護協会により認可された大学において、看護学教育課程を履修し、全科目の審査に合格することが必要である。さらに、オーストラリア看護協会が定めている「登録看護師のための全国共通適正基準」にのっとり、実習病棟ですべての項目で基準を満たせば各州のNursing Boardに免許を申請できる。しかし、新卒の看護師は病院実習期間が短いため、卒業後1年間の新卒看護師教育プログラムを終了しないと就職が難しいと言われている。看護師免許は、毎年の更新を必要としている。5年以上のブランクのある場合は新規登録になり、リフレッシャーコースの履修が要求される。
2)看護生涯学習と勤務体制
看護生涯学習としての継続教育は、通信教育システムやパートタイムコース、週末コースなど多種多様に準備され、大学や病院等で行われている。看護師の給与は各州ごとに統一され、経験年数1~8年(州により、年数に多少の違いがある)はどの病院で勤務しても同じで、それ以後の昇給がない。昇給は継続教育を受け、専門性を高め、資格の取得が条件になる。 看護師には、看護生涯学習のために時間を獲得しやすいような労働条件が整えられている。すべての看護師は4~6週間の有給休暇を有し、研修受講などのための特別な休暇制度Study Leaveも設けられている。病院は、休暇や研修などによる看護師の欠員を非常勤職員、臨時職員、看護師斡旋会社の派遣看護師等を利用して補充するので、看護師は研修や休暇を自由に取れる体制のもとにある。言い換えると、看護師は常勤、非常勤、臨時職員など様々な形態で仕事をすることが可能で、自己研鑽を積みやすい体制にある。
1)School of Nursing and Midwiferyの概要
フリンダース大学は、1966年に開学した総合大学で、4学部20学科、25研究センターで構成されている。School of Nursing and Midwifery(以下、Schoolと記す)は、1975年に同大学のヘルスサイエンス学部の一学科として創設された。Schoolには看護師と助産師のコースがあり、1200人の学生が学んでいる。高校からストレートで入学する学部生は700人足らずで、日本の科目等履修生や編入生にあたるコースの学生も多い。
2)現地看護職との共同研究活動の現状
実践現場との共同研究は、就業しながら修士・博士課程で学んでいる学生や臨床実習指導者をパートナーにして行われている場合が多い。共同する目的は、研究フィールドの確保を意図したものが多く、実践現場の抱える課題解決や看護ケアの向上を中心に据えたものは少なかった。しかし、Dr. Trish Mitchellが実施した共同研究活動は、本学のめざす共同研究と類似した目的で行われていた。また、特定施設に限られるが、Joint appointmentという立場の教員が現地看護職と行っている共同研究活動があったので、次にそれぞれの概要を紹介する。
(1)実習にふさわしい教育環境づくりを意図した共同研究活動事例
高齢者ケア施設(日本の特別養護老人ホームに相当する)の実習は、臨床実習指導者を引き受けてくれる看護職の確保が困難で、提供しているケアにも問題が多く、教員が意図した学びを学生が得られないという課題を抱えていた。Dr. Trish Mitchellは、実習施設の教育環境を整えることを意図して、痴呆高齢者のケアをテーマにした共同研究を実施したいと考えた。そこで、当該高齢者ケア施設で働いた経歴を持つリサーチアシスタントに現地で働いてもらい、職員との関係を築きながら、現地の実情を把握した。そして、看護職だけでなくケアワーカーにも加わってもらい、「痴呆高齢者の食生活援助向上のためのモデル開発」の研究に取り組んだ。その結果、高齢者のペースに合わせた食事介助や、彼らを尊重する意識が高まるなどの変化が見られたという。さらに、リサーチアシスタントを務めた看護職が同施設に就職し、彼女が臨床実習指導者となったこともあり、学生達はよい学びを得ることができるようになったという。
(2)Joint appointment の教員
"Joint appointment"の教員は、Schoolの職員であると同時に、別組織-病院・行政機関など-にも席を持ち、両者から給与を得ている。教員53人の内5人がJoint appointment の立場であった。Dr. Janice Patersonは退役軍人病院とJoint appointmentしている教員で、給与の7割を大学から、残り3割を同病院から得ていた。退役軍人病院から給与を引き出せるか否かは、同病院における彼女の評価にかかっているらしく、その活動は単なる共同研究に限らない幅広いものであった。 Dr. Janice Patersonは長年同病院に勤務し、そこのクリニカルナース・コンサルタントまで務めた人で、現在も週4時間の実践活動を同病院で行っている。また、病院が組織する質保証委員会と研究教育委員会のメンバーにもなっており、定期的な勉強会や共同研究を企画して、現地看護職が実践活動を基盤とした研究に取り組めるよう支援している。具体的には、エビィデンス・ベイスド・プラクティスの勉強会、看護職の実践報告や論文作成の支援、彼女が研究代表者となって進めている医師を含む医療従事者との共同研究などがある。
RDNSは在宅看護サービスを主として運営している機関である。しかし、サービス提供部門以外に研究や継続教育プログラムの提供を主とする独立した部門をもっており、単なる在宅看護サービス提供機関ではない点が非常にユニークであった。他にも、看護師一人ひとりが学習する・研究することを組織的に支えて看護の質向上に結び付けている点など、多くの示唆を得たので報告する。
1)RDNSの概要
1893年に訪問看護サービスが開始され、現在に至るまで2100万回以上の訪問看護が提供されてきた。特に、糖尿病およびコンチネンス・マネジメント、障害・創傷ケア、メンタルヘルス管理に関して専門性の高い看護サービスを永年提供してきた実績がある。 RDNS全体では、登録看護師350名、准看護師20名が勤務している。なお、RDNSは、主に州やRDNS財団などから提供される資金で成り立っているが、教育センターは、継続教育プログラムを提供することで独自の収益をあげている。

2)各部門の活動状況・取り組みの特徴
(1)コールセンター(訪問看護サービスなどに関する電話相談部門)
コールセンターでは、24時間体制で、RDNSの訪問看護サービスに関する依頼、疾病の治療方法などに関する相談に、看護職が電話で対応している。問い合わせは、患者本人や家族からだけでなく、GP(一般開業医)、病院看護師など様々である。RDNSへの問い合わせ・依頼件数は、一日あたり700~800件あり、医師・看護師からは訪問依頼が多く、患者からは訪問時間の確認や変更依頼が多い。
(2)地区訪問センター(訪問看護サービスの提供部門)
アデレード市内に4箇所の地区訪問センターがあり、そこを拠点に訪問看護サービスが提供されている。提供しているサービスの主な内容は、創傷ケア、排泄マネジメント、肥満、糖尿病などの慢性疾患患者へのケアである。一日あたりの訪問件数は約1000件、一ヶ月あたりの訪問対象は4000人である。
(3)ナーシングセンター(来所者に対する看護サービスの提供部門)
ナーシングセンターはアデレード市内に12箇所あり、その中の一つであるPanynnan ナーシングセンターを訪問したので、そこでの活動を紹介する。当ナーシングセンターには、看護師1名が常勤している。クライエントの予約は、一日あたり15~20件あり、そのうち約9割が創傷ケアである。対象年齢は、全年齢層にわたる。近年、入院日数の短縮により、退院後のケアがナーシングセンターへ移行した。訪問ケアよりも効率がよいので、原則として、65歳未満の患者は、ナーシングセンターに来てもらっている。
(4)教育センター(継続教育プログラムの提供部門)
DNSの教育センターは、看護職者の学習ニーズ(実践上の課題)に対応した継続教育プログラムの提供に力をいれているため、州内における同様な教育センターの中でも人気が高く、受講する看護職が多い。教育センターの継続教育プログラムは、RDNSの看護職は勿論のこと、RDNS以外で働いている看護職も受講することができる。なお、RDNSの看護職の場合は、受講料金の割引制度がある。また、受講コースの中には、大学(フリンダース大学、アデレード大学)の修士課程の単位を一部取得できるコースがある。
(5)研究ユニット(研究部門)
研究ユニットでは、RDNSの看護職が抱えている看護サービス実践上の課題やコミュニティが抱える健康問題に焦点をあて、これらを研究課題としてRDNSの看護職やクライエントと協働して研究に取り組んでいる。スタッフは研究者(看護職)4名、アシスタント1名である。 研究ユニットでは、クライエントが疾病とともに生活する経験やセルフケアマネジメントに関する研究課題に対して、参加型アクションリサーチプログラムを用いており、研究者はRDNSの看護師およびクライエントと一緒に共同研究を進めている。クライエントは研究対象であると共に、一緒に研究データを分析する共同研究者として位置付けられている。参加型アクションリサーチプログラムを用いることで、クライエントは、クライエント自身が語ることを通して自分の生活を見直し(Look)、自分を振り返って考え(Think)、変えなければならない問題に取り組む(Act)、以上のプロセスを踏む。このプロセスにおいて、クライエント個人のセルフケアマネジメントの向上や自己成長・経過の改善をもたらすことが確認されている。

3)看護の質を向上させるための組織的な取り組み
(1)Quality Managerを中心とした取り組み
Quality Manager(看護職)1名が、組織全体の看護の質保証・向上に関するプログラムを組み、Quality委員会や各組織との調整・とりまとめを行なっている。 Quality委員会は、Quality Managerの他に各部門の看護管理者・事務管理者で構成され、各部門で看護の質が保たれているか評価・検討している。他にも、看護師の能力評価(毎年、能力試験あり)、継続教育の取り組み状況の評価(年間、最低20時間の学習が義務づけられている。20時間未満の場合、問題ありとみなされ、職場の異動もある)や、勤務に対する看護師の満足度や怪我・事故の状況に関しても指標を用いて測定している。
(2)Clinical Nurse Managerを中心とした取り組み
Clinical Nurse Manager(看護職)1名が、組織的に効率的・効果的な看護ケアの提供を目的として、RDNSにおけるインフォメーションシステムの構築、ITを活用したクリニカルパスウェイや記録システムの研究・開発、統計情報の管理・発信などを行っている。いずれにしても、情報を統計的に処理するだけではなく、分析した結果を看護師にフィードバックをしており(地区訪問センターへ訪問して報告)、更に看護の質が向上するためには看護師自身が何をすればよいか、現場の看護職と一緒に検討している。
オーストラリアでは、労働条件・昇給の条件・免許の更新など多様な仕組みを整えて、看護職個人の生涯学習への取り組みを社会的に支えるような工夫がされていた。一方、日本では、生涯学習の実施は個人の意欲と努力に任されている現状がある。実質的に看護生涯学習を推進するために、わが国においても社会的な仕組みを整える重要性を再認識した。 RDNSはケア提供機関として発展した組織であるが、研究ユニットと教育センターという、ケア提供に直接かかわりのない部門を持っていた。特に、研究ユニットは収入に結びつく部門でもなく、ケア提供機関がこのような部門を持つことは、オーストラリアでもまれな事例ということであった。以前から、実践と研究の乖離が指摘されているが、研究ユニットの研究者達は、研究が現場の問題解決やケアの質改善に貢献できることを示し、組織内にリサーチカルチャーを育むという成果をあげつつある。これは、看護学の研究者が社会で貢献するひとつのモデルを示すような活動であると思われた。
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